日産自動車のゴーン会長の突然の逮捕は驚きでした。ゴーン氏が日産を立て直したのは19年も
前の話です。
今回の一連報道では当時彼が具体的に何をしてV字回復を実現したのかについてはあまり触れ
られていません。 やたらとリストラをしたみたいな報道が中心です。小生が2008年に出版した
「コストダウンが会社をダメにする」で、 ゴーン改革の話を紹介しました。それを転載します。
ただし転載の最後に出てくる日産自動車の発注変動の話は現在 もほとんど改善されていません。
*****「コストダウンが会社をダメにする」より引用*****
外部購入費の削減によってスループット(売上高-外部購入費)を拡大させ、黒字化した企業の
代表に日産自動車があ る。日産自動車の再建にあたってカルロス・ゴーン氏が1999年10月
に発表した「日産リバイバルプラン」を覚え ている方も多いのではないか。ゴーン氏はその中の
主要改革のひとつとして「購買コストの20%削減」を掲げた。
この購買コスト20%削減が日産自動車の利益向上面においてどれだけ意味のある取り組みだった
かに関して、スルー プット・マネジメントの観点から整理してみよう。
平成19年3月期の日産自動車の単独決算数字を見ると、外部購入費の主体である材料費が売上高
(約3兆6089億円) の約66.1%にあたる約2兆3844億円となっている。もしもリバイ
バルプランが行われていなかったとすると材料 費は20%を割戻した約2兆9805億円となるので、
リバイバルプランによる効果は5961億円に上る。平成19年 3月期の日産自動車の経常利益は
約1670億円にすぎないので、材料費の削減がなければいまだに大幅赤字状態にあっ たという
ことになる。
ゴーン氏は取引業者に資材コスト削減を依頼するかわりに、取引業者を約半数に絞込むことを約束
した。取引業者は発注 量を増やしてもらえれば、その分だけ自社のスループット(売上高-外部購入費)
も増えてくる。かりに売上高1000 億円、売上高スループット比率が50%の部品会社のケースを
使って計算してみる。この部品会社の現在のスループット は500億円(外部購入費500億円)だ。
作業経費が450億円かかっていたとしたら利益は50億円となる。
この部品会社に対する発注量が倍に増えると売上高2000億円になるが、そのかわりに20%の
値下げとなるので、部品会社の最終的な売上高は1600億円、スループットは600億円
(外部購入費1000億円)になる。ここで、 増産のための作業経費(労務費など)の増加を
100億円以内に抑えれば、部品会社はたとえ値下げをして納入した としても従来よりも利益を
上げることができるようになる。
また、この部品会社はさらにこの考え方の延長で、2次下請けからの購入価格を下げてスループット
を高めることも可能 なので、部品会社は上記のシミュレーションよりもさらに楽に利益を増やせる
可能性がある。
これが日産自動車のリバイバルプランのもっとも重要な考え方だ。それまでの日産自動車の購買は、
何社にも分けて部品 を発注することにより、価格を競わせて値下げさせようとしてきたはずだ。
それよりも発注先を集中させた方が値下げさ せることができるとしたのがゴーン氏の考え方である。
彼は著書「ルネッサンス」の中で「これがビジネスの当たり前の 進め方というものだ」と書いている。
たしかにスループット・マネジメントの世界からみればきわめて当たり前の考え方 である。
ところが、日本の大企業資材部の従来常識だと、取引業者は集約するのではなく、競わせることで
購入価格を下げるもの だというのが一般的である。おそらくゴーン氏が来る前の日産自動車の
資材部も、そういった考え方が主流だったはずだ。
ゴーン氏のいう当たり前の考え方は今までの日本の大企業の購買部門にとっては当たり前では
なかった。日産自動車の 資材部に、黒船来航のような衝撃が起きたことは容易に想像できる。
彼が登場しなければ日産自動車のような会社でこう した進め方を定着させることはできなかったで
あろう。
ただし、発注量さえ増やせばそれだけで十分かというとそうはいかない。日産自動車の場合、
外部からきた人物による改革 であったためか、そのことが十分に理解されているのか疑問に
思われることがある。それは、短納期要求の問題だ。日産自 動車では「受注確定生産」という
旗印のもとで、生産革新活動による納期(リードタイム)短縮活動を盛んに推進している。
生産革新活動が進むにつれ、部品会社への短納期要求はますます加速しており、最近は生産ライン
の工程進捗にあわせた納入 (アクチュアル順序納品)なども部品業者に要求している。
こうした要求に対して納入業者側が改善努力することで対応していくことも大切なことである。
しかし、そうはいっても 努力にも限界がある。発注量があまりに変動してしまっては彼らだけ
ではどうすることもできない。とくに2次下請け以降 の中小部品会社の場合は、限られた製造
設備しか所有していないことが多いので、変動にすぐに対応することは困難だ。
あらかじめ見込み生産して在庫を積み上げることで対応するか、泣く泣く製造設備を増強して
発注量の変動に対応している。
こうした状態では、少しくらい発注量を増やしてもらっても経営は少しも楽にならない。
作業経費の増大や在庫資金の増大で、 厳しい経営状態に追いこまれている下請企業も増えている。
実際に日産自動車系列の中にはこういった悩みをもつ企業が数多 くいる。また、鋼材不足により
日産自動車の生産が滞る事態の起きたことがあったが、この原因のひとつとして、こうした 発注
方針による影響があるのではないか。