【トラブルカルテ】
経営陣からの「バージョンアップに費用を追加投資するなら思い切ってERPを導入したら」の提案が大誤算!かえって費用も手間も増えた

A社は年商400億円の中堅機械メーカーである。

代理店もしくはユーザー企業から注文を受けて製造している。

いわゆる受注生産型の企業である。

工場は神奈川県にあり、製品の組立とキーパーツの部品加工を行っている。

A社は2000年に入れた国産の生産管理パッケージを使って生産管理を行っていた。

利用機能は、受注・出荷、部品展開、購買処理、在庫管理、製造指示、進捗確認などである。

当該パッケージ導入時にユーザが使いやすいようにと大量にカスタマイズしたため、現場からは大きな不満はでていなかった。

2015年にベンダーから一方的にパッケージのバージョンアップのアナウンスがあった。

システムのベースとして使っているミドルウェアがサポート停止になるために作り直す必要があるためとのことであった。

ベンダーからはミドルウェアの変更によってカスタマイズ部分の作り直しが必要となるので、約1億円の費用がかかるとの提示があった。

情報システム部が役員会議にバージョンアップの決裁稟議を上げたところ、ある役員から次のような発言があった。

「バージョンアップだけのために1億円も費用をかけるのはムダなので、この機会にグローバルスタンダードな海外製ERPに置き換えたらどうだ」。

社長がこの意見に興味をもったこともあって、ERPベンダーに提案依頼をすることになった。

【ERPベンダーの提案】

ERPベンダーからは下記のような提案があった。

  • 現行システムは生産管理しかカバーしていないが、ERPなら経営管理全体を強化できる
  • 対象ERPはすでに多くの機械メーカーで採用されており、既存業務をERPの基本機能に合わせるだけですぐに使えるようになる
  • 具体的な導入効果事例としてほぼ同じ規模の受注生産メーカーB社、C社がある
  • 導入初期段階でフィット・ギャップ(FG)分析をするのでその時点で適用可否や導入するための課題を明確にできる

既存システムは今回バージョンアップしたとしてもまたいつバージョンアップが発生するかわからない。

そのたびに多額な費用がかかるカスタイズ前提のシステムを残しておくのはリスキーなため、この機会にERPに変えたらどうか。

役員会議ではこういった結論になり、1年かけてERPに入れ替えることになった。工場関係者にはこの方針に不安を感じた人もいたが、ERP導入にこだわる役員に遠慮して何も言わなかった。

新システムはできるだけパッケージの基本機能に合わせるという方針で導入することになった。

ところがERPに業務を合わせるはずだったにもかかわらず、カスタマイズが大量に発生し、結局約5億円の導入費用がかかった。

【Excelで補わないと使えない】
A社では何とか本番開始したが、新システムは従来システムに比べて使いづらく、工場現場からは業務効率が悪化するので前のシステムに戻してほしいという苦情が相次いだ。

しかし、多額のシステム導入費用を投資したこともありERPを捨てることはできなかった。

A社はERPの使いづらい部分をExcelと人手管理で綱渡り運営をして何とか生産しているが、生産混乱が収束せず、業務効率は悪化したままだ。

 【診断結果と処方箋】
安易なERP導入は禁物!
FG分析の評価を徹底分析してERPを導入するかを冷静に判断しよう!

トラブル事例の中でも際立って多いERP生産管理システム導入トラブルの話を紹介した。

すでに2桁に及ぶトラブル相談を受けている。

この問題は顧客を無視したERPベンダーの対応に原因がある。

しかし、それを許したユーザ企業の対応にも問題がある。従来の生産管理システムが問題なく動いていたからといってERPパッケージも問題なく動くと安易に考えるのは早計だ。

ERP導入に当たってはFG分析を実施することが多い。

本事例でもパッケージベンダの提案ではそうなっていた。ところが、A社はFG分析結果をどう評価したのかが見えてこない。

なぜFG分析の段階で導入作業をストップできなかったのであろうか。

ERP導入は役員が決めたことだとしても、実際に使うのは工場現場だ。

工場は本気になってFG分析結果を評価したのであろうか。

海外製を中心にERPの多くは計画生産企業での利用を前提にしており、顧客要望に業務を合わせることが求められる日本の受注生産型工場の生産管理利用には向いていない。

ERPに業務を合わせるなら顧客を失うことにもなりかねないためFG分析結果はギャップの山になるのが普通だ。

このことはIT関係者の間では常識化しているが、企業経営者にはしっかりと伝わっていない。

ギャップはカスタマイズで対応するといった安易なベンダー提案に惑わされているのかもしれないが、FG分析はギャップのあるパッケージを間違えて採用しないために行うものであり、カスタマイズ内容を洗い出すために実施するわけではない。

失注を恐れてカスタマイズに持ちこむベンダーもいるので、ベンダーの言い分をそのまま信用して安易にカスタマイズしてはいけない。

自分たちだけでは分析結果を評価できないようであればコンサルタントに助言を頼むことも考えられる。

A社のように手遅れになっては意味がない。

FG分析でそのまま適用できないとわかったら採用をあきらめる勇気が必要だ。

今回のトラブル解決のための処方せんは次の通り。第三者のコンサルタントに頼んで当該ERPは当社でそもそも使えるものなのか調査(FG再分析)してもらったうえで、改めて社内に活用プロジェクトを立ち上げて活用方法を検討する。

再FG分析で使うことが難しいと判明したシステムは二重投資になることをあきらめて作り直す。

ただしコンサルタントの人選に注意しよう。MRPやJITにのみ固執するようなコンサルタントは相談相手としてはふさわしくない。

★FG(フィット・ギャップ)分析とは
今回のトラブルのポイントはフィット・ギャップ(FG)分析という作業にある。

FG分析はパッケージ導入においては欠かせない作業である。

ところが、具体的にどうやって作業するのか、どういった形で報告されるのかといったことは明確ではない。

そもそもFG分析はベンダー側が主体になって行う作業なのか、ユーザ側が作業なのかも明確ではない。

そのため、本トラブル事例のように最初にFG分析をしたはずなのに後になってうまく使えないといった問題が生じることも多い。