9回のトラブル事例で、MRP(資材所要量計画)にまつわるトラブルの処方せんとしてMES(製造実行システム)を紹介しました。今月のコラムでは両者の関係をもう少し詳細に解説します。
>MRPだけだと何が問題なのか
MRPは1970年代に生まれた生産管理手法で、SAP社をはじめに大半のERPパッケージベンダが生産管理機能のベースとして採用しています。MRPは対象製品の生産計画にそって購入部品などを効率的に調達するためのロジックです。「生産計画通りに粛々と生産する」を基本にしています。
ところが、日本の工場生産は生産計画通りにいくことは少ないです。計画自体が変動したり、計画外のオーダーが突然入ったりすることが日常茶飯事で起こります。
最近は注文(計画)納期通りに構成部品が入ってこないという問題も多発しています。MRPはこうした計画変動への対処が苦手なため、リカバリー手段が必要とされます。そのための役割としてMESが期待されているのです。
>MESとは何ですか
MESは工場の製造工程を管理するシステムです。日本では工程管理システムと呼ばれることが多いです。製造オーダ番号(製造番号)を使って工程進捗を管理することを特徴としています。海外製の大規模なMESパッケージが登場したことで注目を集めるようになりましたが、自社の製造工程の特性にあわせて自社開発している日本工場も数多く存在します。私も複数の工場に対してローコード開発ツールを使った工程管理システム(簡易MES)の導入支援を行いました
>MRPからMESに変えた方がいいということでしょうか。
MRPが機能しないからといってMESに変えなければならないという話ではありません。計画変動の激しい生産工場の場合は、製品や部品の手配伝票に製造番号を追加して部品の過不足や進捗を管理するようにしましょうという話です。製造番号で進捗を管理するなんて当たり前のことのように思う人も多いと思いますが、SAPなどの海外製のERPを中心に製造番号を付加できないシステムがあります。このことが大問題になっている大会社の工場もあります。
こうした工場ではEXCELなどを使ってマニュアルで納期や進捗管理しているようですが、この状態では的確な工程管理ができません。そこでMESを使って製造番号による進捗管理をしようとします。
>MESをいれるとMRPはどうなるのですか
生産計画は部品などの調達計画と製造工程を管理する製造計画に分けることができます。MRPは前者の調達計画を管理します。受注生産の場合は受注情報、計画生産や先行生産の場合は生産計画を使ってMRP計算することで部品の調達指示書(注文書)や内示書が発行されます.
MESで用いる生産計画は製造計画(工程計画)です。製造計画は調達リードタイムに比べて短い期間で作られますので、MRPによる調達計画とは別に製造作業の直前に作られます。一般的には前月末に翌月分の製造計画を確定させる工場が多いです。この時点でMESに製造指示が渡され、製造番号が採番され製造指示書が発行されます。MESは製造番号を持っていますので、製造計画に変更があった場合でも製造番号で製造工程の変更追従ができるようになります。
>MRPとMESの関係はどうなりますか
MESでの製造指示とほぼ同時にMRPで調達された部品在庫や調達オーダーへの在庫引当が行われ、製造現場に必要部品が出庫されます。もしもMRPによる調達計画とMESの製造計画の手配数量にずれがあると、在庫引当時に部品が揃わない心配があります。調達部品がない場合は在庫引当ができないので、製造指示も出庫指示もだせません。
まれにMRPを調達計画だけでなく工程指示にも使っている工場に出会うことがありますが、こうした工場では部品の出庫だけでなく途中工程への製造指示ができないといった形で影響することもあります。
>MESをいれれば解決できますか
こうしたMRP特有の欠品問題を防ぐためにはMESは有効です。製造工程における計画変動はMES上の製造番号だけでもある程度リカバリーできます。ところが、調達計画が変動すると計画通りには製造できません。調達計画段階で安全在庫を積み上げることで混乱を抑制する必要性が生じます。
ところが、日本の経営者の中にはトヨタのジャスト・イン・タイム(JIT)にならった在庫削減を過度に重視する人がおり、十分な安全在庫を持っていない工場もあ
ります。こうした工場の欠品対策のためにはMESで管理している製造オーダーだけではなく、購買オーダーや内示オーダーにも製造番号をつけてどの製造番号の部品がいつ手に入るのかの監視をすることが求められます。JIT調達の工場は注文納期が極端に短いため、注文情報だけでなく内示情報にも製造番号をつけて部品会社に伝達する必要があります。
外資系ERPパッケージには内示や注文段階で製造番号を付けると言う発想がありません。つけるのは製造番号とは独立の注文番号だけです。そのため計画変動があると生産混乱が増幅されやすくなります。
>MRPとMESを連携させる必要があると思いますが
MRPの計画とMESの計画には時間差がありますので、生産計画変更が頻繁に発生するといった特別な事情がないかぎり、MRPからMESへの連携はそれほど難しくはありません。多くのERPでも簡単に実現できます。ところがJIT生産のようにMESの製造計画をベースにMRPで部品注文をだすという手配フローの実施は難しいです。安全在庫を増やすか、内示情報通りの生産を心掛けるといったシステム導入以前の対策が必要となります。ただし、それだとJIT調達する意味がなくなります。
日本製のERPパッケージユーザではMRPは内示情報の計算だけで、部品注文はMESの情報を使って出す形にカスタマイズしているところもあります。これだとMRPとはいえません。
>この問題が日本の生産混乱に影響しているのですか
繰り返しになりますが、海外製ERP、とくにSAPはMRPによる計画通りに粛々と生産するためのシステムです。臨機応変に計画変動にあわせてオーダーを変えるなんてことはできません。そのため計画変動の激しい日本工場では生産混乱を起こしやすいのです。
それならば国産のERPを導入すればいいかというと必ずしもそうとはいえません。前述のように日本製のERPは変更対応がしやすいために、安易にカスタマイズしがちだけらです。今度は現場の自由度が高まりすぎて、在庫過多や欠品発生を誘発しやすくなります。
手前みそにはなりますが、生産管理システム活用でお困りの方は、当方に連絡ください。可能な限りの解決先を提言いたします。