「SAPの生産管理は日本の工場では使えない」日本の生産管理関係者の間では常識です。ところが、いまだにSAP生産管理システムを提案してくるITコンサル会社がいます。
なぜ彼らがSAPを提案してくるのか理由はよくわかりません。単なる生産管理無知かもしれませんし、SAPを担げば儲かるためかもしれません。
彼らがSAP生産管理を押し付けたことで、多くの日本工場でトラブルが発生しています。最近では某大手農機メーカがSAPの本番開始を1年延期しました。
そこで 日本の工場ではなぜSAP生産管理が使えないのかを整理します。
SAPの生産管理モジュールが使えない最大の理由は、SAPの生産管理モジュールががちがちのMRPシステムだからです。MRPは親製品の基準生産計画(MPS)に基づいて、子部品の必要数量を論理的に計算します。いかにもドイツ人が好みそうな仕組みです。
ところがMRPは親製品の生産計画の安定し、生産変動が抑制さえていない状況でないと機能しません。生産計画変動が激しいとMRP計算するたびに計算結果が変わってしまい、現場は変更対応に追われることになります。
一部の公共系企業を除くと生産計画の変動が少ない日本工場というのはあまりありません。日本の多くの工場は取引先からの注文に応じて生産したり、生産量を調整したりする受注生産型工場です。取引先からの変更要求にはできるだけ対応するという「おもてなしDNA」を持った工場も多くあります。このDNAはビジネス拡大には有効でもMRPを機能させるためには致命的な障害となります。
最近は受注生産型工場だけでなく計画型製品の工場でも、販売計画が当たらないという問題が起きてきています。原因のひとつは電子取引が増えたことにより、営業要員による属人的な計画調整の余地が減ったことがあります。かつては期末の押し込み販売交渉などで販売計画調整をしていた営業担当者も多くいましたが、それも難しくなりました。
MRPでは過度な計画変更への対応を安全在庫で補います。ところが、日本の製造業者にはトヨタ生産の影響で在庫に頼ることを嫌がる経営者も多くおり、安全在庫調整も難しい工場も多くあります。
近年はMRPによって手配した部品などが指示通りに入ってこないという問題も起きています。半導体や金属材料の不足やコロナ禍の影響などの世界的品不足状態問題に加えて、部品会社や部品工場の能力不足も深刻化しています。
かつての下請け外注会社や部品商社は、親会社への納期遅れは何としてでも回避するという対応をしてきました。ところが、日本工場の人手不足状態が恒常化してきています。労働基準局による残業規制も厳格化されつつあり、昔のように何が何でも納期を守るという下請け企業は減ってきました。
その結果部品が届かないので頻繁に生産計画を作り直す必要性に迫られている工場も出てきています。ラインストップを繰り返している大手企業の組立工場もあります。以前の日本では考えられない事態です。
繰り返しになりますが、MRPは手配した部品は指示通りの納期に間違いなく入ってくることを前提にしています。入ってこない場合のリスク対策としては、安全在庫を積み上げることしかできません。
このような問題があるために生産計画変動、部品調達の納期遅れが当たり前に起きるようになった日本の工場がMRPを使うのは困難です。それで日本製の生産管理システムは完全にMRPに依存するのではなく、臨機応変な対応ができるシステムとなっているのです。
経営者がMRPの勉強をしていればなぜ日本工場にSAPがあわないのかはすぐに理解してもらえますが、日本の製造業経営者にはMRPということばを聞いたことがないという人もたくさんいます。工場現場は、彼らとは問題解決に向けた突っ込んだ会話することもできずに右往左往するばかりです。
そうした経営者に対してSAPベンダは、IoT、スマート工場、グローバルERPなど様々なバズワード(流行用語)を駆使してSAPを売り込んできます。本来であればそれらを検討する前に自社工場でMRPが使えるかどうかの検討が先です。
SAPの生産管理が使えない話は海外でも問題となっています。そのため海外ではMESという製造管理システムが注目を集めています。
トップダウンでSAPを入れてしまい、工場が混乱しているという方はすぐに連絡してください。貴社の実態を診断して混乱回避に向けた処方せんを提示します。日本の製造業界にSAP生産管理という癌がこれ以上広まるのは何としても防ぎたいと思っていますので、協力してください。