3月に「裁判例から考えるシステム紛争の法律実務」という本が出版されました。
https://www.shojihomu.co.jp/publication?publicationId=2671490

本書は桃尾・松尾・難波法律事務所の皆様が、過去のシステム紛争案件にかかわる150の判例を調査して出版されたものです。

本書を読むと世の中は大きく変化したのだなということを実感することができます。私がNECの営業をしていた25年前は、ソフト開発はハード販売のおまけ的な色彩が強く、ユーザの要求には素直に従うのが当たり前でした。リプレース案件などは大きな費用持ち出しをすることも多く、そのうち赤字分は取り戻すということで社内では無理やり通していました。ユーザ側の考え方もベンダに丸投げ状態で開発委託するのが一般的でした。

そのときのイメージでシステム開発トラブルの責任はベンダ側にあると考えるユーザ企業も多いかと思いますが、本書を読むと最近はそうは問屋が卸さないようです。システム開発のトラブルで裁判に持ち込んでもユーザが勝つことは難しいことに加えて、たとえ裁判に勝ったからといってシステムが完成するわけではないからです。

★瑕疵とバグは違う
最近の契約書には瑕疵担保条項という項目が入っています。瑕疵担保期間は納品後1年以内といった項目です。この「瑕疵」とはベンダのミスにより仕様と完成物に差異が生じたことを示すそうで、単なるバグは瑕疵には含まれないそうです。一般的なソフト開発ではバグの発生は避けられないというのが裁判所の判例だそうです。バグでの損害賠償請求は難しいです(簡単なバグは1年を超えても無償で直してもらえる可能性があります)。

 ★仕様の不備もパッケージ選定不備もベンダ側だけの責任ではない
ユーザ企業が裁判に訴えたくなるのは、ベンダの設計仕様がいい加減だったせいで開発費用が膨らんだとか、選定したパッケージが使えなかったといったときです。しかし、こうしたケースでユーザが勝訴するケースは限られるようです。たとえベンダがSI契約や丸投げで構築しますといっていたとしてもですので注意してください。

仕様確定作業やパッケージ選定作業は一義的にユーザ作業であり、あくまでもユーザ企業が責任を負うというのが判例の考え方です。たしかにそういわれればそうですが、それならばベンダがさかんに売り込んでいるSI(システムインテグレーション)とは何だという疑問が生じます。最初からSIではなくシステム開発受託と称するべきではないでしょうか。SIというベンダの甘言にはくれぐれも注意しましょう。米国には日本のようなSI業者はありません。このことから考えてSIという言葉は詐欺と考えてもさしつかえないとさえ言えます。

★善管注意義務違反が重要となる
上記に関連してIBMとスルガ銀行の裁判を思い出す人がいるかもしれません。この裁判でIBMは限定敗訴しましたが、これはIBMがおかしなパッケージを提案したことが問題とされたわけではありません。パッケージの選定はあくまでスルガ銀行の責任です。

この裁判で問題とされたのはIBMの善管注意義務違反(善良な管理者の注意義務違反)です。専門家であれば、このままプロジェクトが進んでも頓挫することが予見できたはずなのに、IBMの技術者はそれを正しく伝えなかったことが問題とされました。

裁判ではこのベンダ側専門家の善管注意義務違反を問題にするケースが増えています。自社の作業が遅れているだけでなく、ユーザの作業が進んでいないことを指摘せずに放置していたことも善管注意義務違反です。

善管注意義務違反項目の重要性に気が付いていないひとも多いと思いますが。ベンダの技術者の対応に関しては文書などに記録を残しておくようにしましょう。

★準委任契約の課題
善管注意義務違反が問題となるのはソフト開発の請負よりも、設計工程やテスト工程などの準委任契約で行われる工程です。ベンダの中には準委任解約を派遣と同じように単なる作業工数提供しかとらえていないケースもあります。しかし、準委任で作業する人材はあくまで専門家ですので、善管注意義務は切っても切り離せません。準委任は非常に厳しい契約形態であることを正しく理解する必要があります。

本書では準委任契約は再委託禁止という立場をとっています(民法104条)。実際にはユーザの許可をもらって再委託するケースもありますが、再委託先の委任業務者の善管注意義務違反も元請け企業の責任であることを忘れてはなりません。そう考えると本書で指摘するように準委任契約業務の再委託は極力避けるのが適切といえます。請負契約の延長で多段階下請け準委任を考えることは論外です。(準委任契約は民法改正でかなりの改正が行われます)

ステムトラブルが心配される事態になったら弁護士に持ち込む前に、ますは当方にご連絡ください。裁判にしないで解決できる方策を一緒に考えましょう。